![]() ヴァイオリニスト 金関 環
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![]() 道端で楽器を弾くとき、今までは無我夢中だった。通り過ぎる人。立ち止まる人。真剣な人。目の虚ろな人。それぞれが強烈なインパクトで僕の演奏を揺さぶった。 立ち去る人を見て、「僕の腕に問題があるのか」?ぼんやりしている人に向けて、「こっちを見てくれ。聴いてくれ」。思えば自分勝手な妄想だった。「僕の音楽が試されるときだ」。 そんな気負いがあったのだと思う。洗練された元町の雰囲気のせいかもしれない。いきなり街路の一角で、演奏をする事への照れくささ、気恥ずかしさもあった。確かに、 コンサートホールと違って、人々の反応はシビアだ。つまらなければ人垣が無くなる。どんな曲が好まれるのか、傾向も明らかにわかる。数年前に比べ、最近は派手な忙しい曲よりも、 ゆっくりしたノスタルジックな曲がうける様になったと思う。世相を反映しているのかもしれない。 恍惚とした酔っ払いの紳士が流れるように近づいてくる。真っ赤な顔に浴衣と草履。焦点の定まらない眼が怪しく輝く。「目を見るな。吸い込まれるぞ」。相方のピアニストに注意を促す。 我々の祈りも届かず、彼は前面中央に陣取る。「それではドヴォルザークの”ユモレスク”を聴いていただきます」。と僕。彼は手を挙げ、我々を静止し「日本の歌もやってください・・・・」。 アル中なのかもしれない・・・。ユモレスクを弾きはじめる。合いの手に浪曲調の唸り声が入る。弾き終え、しばし「・・・・・」。「では次ぎにクライスラーの”愛の喜び”を・・」 「浪花恋時雨をお願いします」。彼は深ぶかと頭を垂れる。ピアニストが噴き出す。彼以外の客が見えなくなった。ああ何とかしくれ!!心で叫んでクライスラーを弾きだす。ワルツに似たこの曲と、 全く関係の無い手拍子が入る。僕は目を閉じた。そして再び心で叫んだ。「おっさん!これ3拍子や!!」。まだまだ修行が足らないようである。 ![]() |
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